シューマンの「詩人の恋」
一曲目「美しい五月に」・・・
恋の喜びと憧れと、そして願いとが歌われていて
特別に好きな歌曲の一つです。
美しいこの歌曲のメロディーが、
毎日心で鳴っていた爽やかな5月も
もうすぐ終わろうとしています。
このたびの指導者養成講座の開始と協会設立にあたりまして
沢山の方々から暖かい応援と励ましをいただき、
深く感謝申し上げます。
皆様のお役に立てるようにという気持ちと、
より一層、真摯に音楽に向かうこの出来る人間でありたいとの思いを強くしています。
演奏について思っていること・・・
一人の音楽を学ぶ者としてこんなふうに思います。
多くのメッセージが込められた深遠なる音楽芸術に
心身共に向かうことができることこそ、
音楽家にとっての大きな喜びです。
作品を演奏をするにあたって、
本当に時間をかけて行うべきことは、
「己」という小宇宙の中で、
<演奏のための特別な身体コントロール>と<音楽表現>、
この二つをどう結び付けていくのかを
突き詰めて行くことだと思います。
それこそが「Üben」(練習)だと思います。
エディト・ピヒト・アクセンフェルト(ピアニスト)の著書に寄れば、
「Üben」とは古くは、「土地を耕す」という意味に使われていたようです。
また同じく古く「Üben」は神への礼拝行為ー祭る、畏敬するーを意味していたそうです。
つまり人は、与えられた己を修練し、自らの手で扉を開き、常に望み、
人間を超えた領域へと入っていけるように、
自分の能力と特性をまずüben(修練)しなくてはならないということ。
それは、
身体の仕組みを知ることだけでは足りない。
仕組みを知り、身体のコンディショニングを整えるだけでも足りない。
大切なのは、そこからだと・・・
私は思います。
身体への取り組みは、己への意識を深めます。
音楽家に必要な領域の解剖学を学ぶことは、自分への理解を深めます。
だけれどその知識をどう演奏に結びつけて行くかというところが、
もっとも大切なところです。
次に、身体の使い方を学び、
望ましい自分の体の使い方を身につけるための努力をすることは、
演奏運動が身体を操って行うものである以上必要なことです。
そして、これらの勉強の最終的な目的は、
目覚めさせられた感覚が自動的に作用し、
全ての意識を作品の精神的内容にのみ向けられるようにすること
ではないでしょうか?
日々の研鑽の中で、少しでもそのことが叶えられるように
これからも精進したいと思っています。
このたび設立した「音楽家ボディコンディショニング協会」は、
このような思いから、
それを実現する一つの社会のコミュニティを提案するものとして
生まれたものです。
多くの音楽家の皆さまにお役に立てる働きがしていけたらと
願うばかりです。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
5月30日
小島裕子